佐賀地方裁判所 昭和28年(行)11号 判決
原告 栗並喜久雄
被告 国
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事実及び理由
第一、申立
原告の申立……「佐賀県知事が別紙目録記載第一物件につき昭和二十二年七月二日を買収及び売渡の時期としてなした買収及び売渡の各処分並びに同第二物件につき同年十二月二日を買収及び売渡の時期としてなした買収及び売渡の各処分は、いずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。
被告の申立……主文同旨の判決を求めた。
第二、当事者間に争のない事実
(一) 佐賀県神崎郡西郷村農地委員会が別紙目録記載の第一、第二物件(以下本件農地と略称する。)を自作農創設特別措置法第三条第一項第一号該当の所謂不在地主の小作地と認定したこと。
(二)(1) 右村農地委員会が別紙目録記載第一物件につき昭和二十二年五月十九日に同年七月二日を買収の時期とする農地買収計画を樹立し、同日法定の事項を公告し、同年七月一日右計画につき佐賀県農地委員会の承認を受け、同年八月佐賀県知事が原告に買収令書を交付したこと。
(2) 右村農地委員会が右第一物件につき同年十月四日に同年七月二日を売渡の時期とする農地売渡計画を樹立し、同日法定の事項を公告し、右計画について異議権者より異議、訴願の申立がなかつたので、同年十一月二十九日右計画につき右県農地委員会の承認を受け、同年十二月右県知事が当時の小作人で法定の買受適格者である嘉村太一外三名に売渡通知書を交付したこと。(但し、右第一物件中第七、第十号各物件は原告の息子一郎に売渡した。)
(三)(1) 右村農地委員会が別紙目録記載第二物件につき同年十月二十五日に同年十二月二日を買収の時期とする農地買収計画を樹立し、同日法定の事項を公告し、同年十一月二十九日右計画につき右県農地委員会の承認を受け、同年十二月右県知事が原告に買収令書を交付したこと。
(2) 右農地委員会が右第二物件につき昭和二十三年三月十一日に昭和二十二年十二月二日を売渡の時期とする農地売渡計画を樹立し、同日法定の事項を公告し、右計画について異議権者より異議、訴願の申立がなかつたので、同年四月二十三日右計画につき右県農地委員会の承認を受け、同年五月右県知事が当時の小作人で法定の買受適格者である森鶴雄に売渡通知書を交付したこと。
第三、争点
原告の主張……本件農地の買収処分、従つて売渡処分は無効であるとして次のように主張した。
(一) 原告は本件農地の各買収計画に対し、それぞれ右計画の公告があつて、その縦覧期間中に異議の申立をなしたが、右村農地委員会は右申立について何等の決定をしないで、買収計画を進行し、原告所有の農地を買収したのは違法である。
(二) 右村農地委員会は原告が昭和二十五年八月及び九月に同委員会に質問した際自作農創設特別措置法第三条第五項第二号該当の所謂仮装自作として本件農地を買収した旨明言したが、不在地主として買収(当事者間に争のない事実)しており、買収の根拠が曖昧であるのみならず原告は本件農地を仮装自作したこともなく又昭和二十年十一月二十三日当時、不在地主であつたこともない。即ち原告は昭和十九年中、大阪市所在の藤沢薬品工業株式会社に勤務中、召集を受けたので同会社を退職し、家族と共にその住所を西郷村に移し、同村より出征したが、家族は引続き同村に居住し、昭和二十年十一月二十三日当時、本件農地中一反余を家族において自作し他の七反余は小作地として小作人に耕作せしめていたのである。よつて本件農地買収は違法で、右違法は重大且つ明白な行政処分の瑕疵に該当する。
被告の主張……本件農地買収、従つて売渡処分は有効であるとして次のように主張した。
(イ) 原告が本件農地買収計画に対しそれぞれ適法期間内に適法な異議の申立をなした事実は否認する。
(ロ) 右村農地委員会は昭和二十二年に至り、原告を仮装自作の疑いで調査していたところ、原告は昭和十九年中、大阪市所在藤沢薬品工業株式会社に勤務中応召したのであるから不在地主であることが判明したので昭和二十一年法律第四十三号自作農創設特別措置法附則第二項に基き職権を以て昭和二十年十一月二十三日に遡及して不在地主の農地として買収したものである。
仮りに本件農地買収に原告主張(二)のような違法があつたとしても、自作農創設特別措置法第三条の各規定は農地買収の基準を示した規定であるから、右各規定に違反しても、農地買収行為を当然無効たらしめるものではなく、取消の原因となるに過ぎない。而して本件農地買収計画について適法な異議訴願がなされなかつたこと前記のとおりであるから、本件農地買収処分の違法は、もはや争い得ないのである。
第四、証拠<省略>
第五、判断
一、原告主張の(一)の点について判断する。
成立に争いのない甲第六、第七、第九、第十号各証に証人豆田光雄の証言を合わせ考えると、原告が本件農地買収処分に不審を懐き異議の申立をしようとして佐賀県又は同県農地委員会宛の何等かの形式の書面を作成し、これを当時前記村農地委員会の書記であつた訴外中牟田文吾に手交したことがあることは窺知されないでもないが、右事実を以て直ちに自作農創設特別措置法所定の農地買収計画についての異議申立が、本件農地買収計画についても適法適式になされたものと認定することは些か困難であり、仮りに右事実を本件農地買収計画に対する異議申立と認めるとしても、右異議が本件農地買収計画の各公告後、その縦覧期間内になされたとの証拠に至つては前掲甲第七号証(西郷村農地委員会議事録写)中の右村農地委員会に対する原告自身のその旨の供述記載以外には存しないところ、原告の右供述は同号証中の各委員の供述記載及び成立に争いのない乙第五号証並びに証人樋口安太郎、同中牟田文吾の各証言に照し、にわかに措信できないところである。
尤も成立に争いのない甲第三号証(農地課長より原告に宛てた農地買収につき陳情回答と題する書面)には、右村農地委員会が、本件農地買収につき原告より異議申立があり、同委員会は右異議申立について自作農創設特別措置法第七条第三項の規定に基き異議審査をしたが、その決定は申立人原告が当会議に出席し決定事項を知悉しているので右決定の通知書を原告に交付することを省略したという旨の記載があるけれども、同号証も成立に争いのない甲第十六号証並びに証人井上清次郎、同中牟田文吾の各証言に照せば、本件農地買収計画につき原告より適法な異議申立がなされたことの証拠とするに足らないし、その他原告の全立証によつても未だ右事実を認めるに足らない。
してみれば、本件農地買収計画について原告より適法な異議申立はなかつたと認めざるを得ないから、適法な異議申立をなしたことを前提とする原告の主張(一)は失当であるといわねばならない。
二、原告主張の(二)の点について判断する。
(い) 買収の根拠が瞹昧であるとの点について。
成立に争いのない甲第七、第十二号各証並びに証人樋口安太郎の証言を綜合すれば昭和二十五年八月及び九月中原告が前記村農地委員会に本件農地買収に関して質問した際、同委員会が原告所有の農地を在村地主の仮装自作地として買収した旨答えたことは明らかであるが、右は当時の農地委員会において調査疎漏のため、さような回答がなされたのに過ぎないと認められる。質問に対する単なる回答が何等の法的効果を伴うものでないことは勿論であつて、右旨の回答があつたからとて過去になされた本件農地買収の原因を変更するものでなく、本件農地が不在地主の小作地として買収されたこと(当事者間に争いのない事実)にかわりはない。
(ろ) 原告が不在地主でないとの点について。
各成立に争いのない甲第一、第三、第七、第八、第十一号各証及び乙第二号証並びに弁論の全趣旨に徴すれば、原告は昭和十五年頃より大阪市に居住し、藤沢薬品工業株式会社に勤務していたが、昭和十九年二月九日今次大戦で召集を受け、家族と共に西郷村に帰つた上で、同月十一日久留米陸軍病院に入隊しその後北支方面に出征、終戦後昭和二十一年七月十五日浦賀に上陸、同日同地で召集解除となつて、その頃西郷村に帰郷したが間もなく再び大阪市方面に出むき、同年十月二十一日頃大阪府布施市から西郷村に帰つて、同村で薬屋を始めたのであるが、一方前記村農地委員会は昭和二十二年四月頃より原告を仮装自作の疑いで調査していたところ、原告がかねてより大阪市所在の藤沢薬品工業株式会社に勤務し、昭和十九年中召集を受けた事実、昭和二十一年十月一日頃まで大阪府布施市で主食等の配給を受けていた事実等が判明したので、右事実等から昭和二十年十一月二十三日当時原告の住所は西郷村になかつたものと認定し、昭和二十一年法律第四十三号自作農創設特別措置法附則第二項に基いて本件農地につき買収計画を定めたものであることを認めることができる。
原告は昭和十九年中大阪市所在の藤沢薬品工業株式会社に勤務中、召集を受け同会社を退職し、家族と共に右西郷村に住所を移し同村より出征したが、昭和二十年十一月二十三日当時も原告の留守家族は引続き同村に居住して、本件農地中一反余を自作し他の七反余は小作地として小作人に耕作せしめていたにもかかわらず前記村農地委員会が原告を不在地主として本件農地買収計画を樹立したのは違法であり右違法は重大且つ明白な行政処分の瑕疵に該当するから本件買収処分は当然無効であると主張するけれども前認定の如き事実の下にあつては原告の住所を西郷村にありと認めるか否かは必ずしも明瞭ではなく、見る人によつて差異の生じることは当然あり得るところでたとえ原告主張のような事実があり、その事実によれば原告の住所は西郷村にあつたものと認めるのが正当であるとしても、それは前記村農地委員会が認定を誤つたものに過ぎず、かような認定の過誤に基因する行政処分の違法は当該行政処分の取消原因とはなつても当該処分を当然無効とするものではないと解するのが相当である。
してみれば原告の主張(二)もすべて失当といわねばならない。
第六、結論
よつて原告の請求はこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岩永金次郎 富川盛介 小川正澄)
(目録省略)